2009年10月 2日 (金)

「一人ごっつ」として見た。『しんぼる』

200910020201.jpg新宿ピカデリーにて。松本人志第二回監督作。見に行こうか迷いながら、なぜか高まってしまう期待をひどく裏切られたらどうしようと、弱気になって見に行けなかったのだが、サービスデイということで踏ん切りがついて劇場へ向かった。そしたら「意外と」おもしろかった。「大日本人」の時からそうだったけど、松本人志の映画ということでどうしたって気になってしまう。作品の出来を抜きにして、作品を発表するだけで、これだけ期待を集める監督も日本映画界ではなかなかいないだろう。

物語は、謎の密室からの脱出を試みるパジャマの男と、メキシコのプロレスラーの物語が交差しながら展開する。前回のヒーローもの疑似ドキュメンタリーという形式とうって変わって、今作は脱出劇という物語の大きな流れもあり、映画としてのまとまりが出ていた。主題はあくまでも「笑い」。新しい挑戦に挑んでいることがうれしかった。やはり観客として松本の映画に期待するのは、何も考えずにすべてをゆだねて笑いの世界に連れて行ってくれること。しかし、松本の表現へのこだわりを考えると、そんな気楽な笑いがそこにあるはずもないこともわかっている。後半のストーリーの運びも何かありきたりで終わるものかという矜持のようなものが見えてよかったな。

松本演じるパジャマ男の密室のシークエンスで展開する数々のお笑いは、ベタな下ネタからシュールで不条理なものまであり、さながらモノボケの大喜利を見ているかのようで、松本らしい発想力が感じられた。しかし映画として見てしまうと、やはり全編を通してストーリーを継続していくことに対するこだわりのなさ。みたいなものを感じてしまう。良くできた物語。はっとさせられるオチ。エスカレートするような笑い。といった構造上の笑いをあまり指向してないんだろうな。テレビのコントでもそうだった気がするけど、一つの奇想として、あるシチュエーションを作って、その世界のディテールを掘り下げていくような笑いで、物語の大きな流れのダイナミズムはひとまず置いておくみたいな。トカゲのおっさんとか、テンションが異様に高い料理の先生とか。

映画監督としての松本に期待しているのは、テレビタレントとしての松本が見せる、ある出来事にたいする反応の瞬発力や、そのつどの正解を見抜く才能を、いかに物語の構造のなかに落とし込めるかだと思う。どんな状況に松本を入れ込めばいいのか。それは松本本人よりも高須ちゃんや倉本さんが考えた方がいいのかな。問題を自分で設定して模範解答を示すという作り方では限界があるような気がする。と、ここで思い出すのが「一人ごっつ」なのである。ボケがツッコミを必要としない構造があそこにはあったように、松本の奇想を受け入れる前提の状況をうまく作ることが出来れば、松本映画は大きく進化する、と思ったりした。

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2009年9月17日 (木)

なんだかな『サブウェイ123激突』

200909170029.jpg 六本木にて。まあまあ楽しめたけど、ねー。リメイク元になった『サブウェイ・パニック』のほうは観てない。ジョン・トラボルタが地下鉄ジャックの主犯を演じ、地下鉄司令室のデンゼル・ワシントンが犯人との交渉役にあたる。リドリー・スコットの手腕を信じて見に行ったのだが、すこし残念だった。筋はいたってシンプル。地下鉄をジャックし、1両目だけを切り離してトンネル内で人質を取って立てこもる犯人グループ。無線で司令室と連絡を取りながら身代金を要求。タイムリミットは1時間。果たして1億ドルという大金を手に入れることができるのか、そして犯人たちは地上へと脱出できるのか…。

たまに相性が悪いとこういうことがあるのだが、なんだか気になるところが気になり始めると、いろいろと違和感が雪だるま式に大きくなっていく。そんなタイプの一本だった。ネタバレにはならないと思うが、主犯のライダーがジャックの早々からパソコンを立ち上げて(無線LANのアクセスポイントを設置してまで)、事件の目的が株価の操作と金相場の意図的な高騰が狙いだということを明かしている。普通は最後に現金を受け取りに失敗した後のもうひとツイストで明らかにすべきなのでは?その割りには、結局現金にこだわったりして逃亡に手こずったりと、行動の合理性が気になる。当初の計画通りだった?その現金も連邦準備銀行から地下鉄構内にまでわざわざリスキーにも自動車で運搬して、おかげで不要なトラブルに巻き込まれたり…。

狙撃手の一件や、ビデオチャットする青年のPCが事件の鍵を握るかと思えば、まあ身元の判明ができた程度だし、何かとおもしろそうな要素が加えられているのだが、いまいち消化不良で胸にもたれる。

主人公二人の対決シーンも、ライダーの意図がいまいち不明。ガーバーをどうしたかったのか?社会システムへの復讐?なんだか大きな疑問を残したまま映画は終わってしまった。あれで良かったのだろうか…。こういうクライムサスペンスって途中のアクションや謎解き的要素に加え、犯行の動機が一番のオチとなるのではないのか?ううむ。リメイク元も観ておいたほうがいいのかな。

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2009年9月 7日 (月)

BIKE RIBBONのMTBグリップ「Corn」

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日曜日は天気もよかったので南町田のグランベリーモールへ。モンベルにて自転車のアクセサリーを物色。とくにグリップを探す。2年前に買ったものがここ2〜3ヶ月のうちに、表面が溶けてぼろぼろになっていたのだ。以前からフレームの色と同じイエローのモノを探していたのだが、なかなかぴんと来るモノがないんだよな〜と思っていた矢先に発見したのがこれ。BIKE RIBBONというブランドのグリップ「Corm」。一見してとうもろこし!と言う外見で、名前を見たらまんまコーン。という身も蓋もない感じが好感触。ところどころの粒が抜けているデザインで、グリップ性を高めるため、というより、端の方で遊びましたという感じ。汚れがついて黒くなっても、焦げた感じでおいしく見えるだろうか。耐久性も気になる。これ以上粒が失われるようなことにならなければ良いのだが。

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2009年9月 4日 (金)

人間万事塞翁が馬『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』

charlie_wilsons_war_movie_stills_01.jpgDVDにて。2007年製作。パッケージはト ム・ハンクスのさわやかな笑顔が 光り、セレブで素敵なライフスタイルを描いた軽いタッチのコメディか、と思わせるようなデザイン。しかしその実は中々見応えのある作品だった。時は 1980年代。ソ連軍のアフガン侵攻を憂慮した下院議員・チャーリー・ウィルソンは、議会や政府機関、そしてテキサスの富豪女史など、幅広い人脈を利用し て資金や武器を集め、秘密裏にアフガニスタンに対ソ連の支援を行っていく。その支援額たるやなんと10億ドル。アメリカの代理戦争といった規模にふくれあ がっていく。

物語を単純に見てしまうと、一人の男が小国アフガニスタンに同情して、ソ連を倒すまでの日々を描いた成功物語になってしまう。しかしずっと行動を共にして きたガストが、馬の故事を持ち出して「あるできごとの結果は、すぐには分からない」といったことを語っていたように、チャーリーがアフガニスタンに送った 武器が、武闘派のテロリストを育て、ゆくゆくは同時多発テロへとつながっていくという皮肉な結果を招いてしまうのだ。だからこそチャーリーが、紛争後の生 活を支援しないといけないと熱弁をふるうことで、映画後の皮肉な史実に対して、弁解を与えているように思えた。

トム・ ハンクスのプレイボーイっぷりも堂々と板についているが、なんといってもCIA工作員のガストを演じるフィリップ・シーモア・ホフマンが素晴らしかった。 血の気が多く、周囲の人間を信用せず、しかし恐ろしく頭の回転の速い男。上司にキレてあたる登場シーンから、振る舞いや返事の返し方ひとつをとってもキャ ラクターにぶれがなく、存在感が際だっていた。スマートで甘ったるいトム・ハンクスとコントラストが鮮やかでどちらのキャラクターも引き立てていた印象。 あと、タイトルは「チャーリー・ウィルソンの戦争」と素直に訳した方がピンとくると思いました。

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2009年9月 2日 (水)

武田邦彦『大麻ヒステリー』

31fz0gARyaL._SL500_AA240_.jpg最近大麻の栽培や所持で芸能人や学生などが逮捕さたというニュースを耳にすることが多いが、果たして大麻の栽培・所持とはそこまでマスコミが騒ぎ立てて社会的制裁を与えるほどに重い犯罪なのだろうか。著者は「法律が犯罪者を生み出している」と主張している。犯した罪に対して、与えられる罰と社会的制裁が明らかにバランスを欠いているのではないかと。

本書では、戦後、大麻取締法が成立する過程や、大麻という植物と日本文化の関わりを解説しながら、現在の大麻を巡る様々な言説のおかしさを明らかにしようとしている。著者の武田邦彦は、「環境問題のウソ」を暴いた本を多数著して、賛否両論を巻き起こしている大学教授である。武田が一貫して主張しているのは「自分の頭で考えろ」というメッセージ。慣習や文化や社会の空気の中で、当たり前のように流布している言説に惑わされず、常に科学的・理性的であれと説く。科学者ならではの理路がきちんと立てられた主張で、ほとんどの主張を納得させられた。本書の結論として、1:日本人はあまりにも自分の頭でものを考えなさすぎ。2:大麻取締法は「大麻」という植物を取り締まるのではなく、薬理成分であるTHC(テトロヒドロカンナビノール)だけを取り締まるべき。3:たばこや酒といった他の嗜好品と比べて痲薬としての効果はなく。また他の痲薬への入り口になるという根拠もない。という3つの主張が提示される。

わたしが大麻と聞いて思い出すのは、中島らものエッセイのこんな話である。らも氏がかつて、自宅の裏庭で大麻の栽培を試みていたところ(あまりにあっけない感じで書かれていたが、もちろん違法)、隣家のおじいちゃんが柵越しに「そんな育て方じゃダメだよ」と栽培方法を指南してくれたのだそうだ。なんとものどかな話である。確かに日本では古くから麻はそこらじゅうで日常的に栽培されていたことうかがわせる。また以前、わたしの祖父(1925年生まれ)に、中国・雲南省を旅行した際に撮影した、道ばたに自生した大麻の写真を見せたとき、「ああ、こりゃ麻だ。懐かしい」とすばやく反応していたこともあったっけ。

今ではレゲエのTシャツやこわもてB-BOYのキャップなどでしか見ないあの怪しげな形の葉っぱも、かつては日本の田園風景の中に馴染んでいたのだと思うと、妙な感慨を感じてしまう。再び私たちの生活に大麻文化が戻ってくる日はあるのだろうか。

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